ウキが沈むのを待ってるだけじゃない。フカセ釣り中、頭の中で考えていること。

フカセ釣りをやったことがない人からすると、磯釣りってどんなふうに見えているんだろう。

マキエを撒く。

仕掛けを投げる。

海に浮いているウキを見る。

そしてウキが沈んだら、

「来た!」

と竿を立てる。

そんな感じに見えているのかもしれない。

確かに、やっていることだけを遠くから見ればそんなに間違ってはいない。

でも実際に釣りをしている時、僕の頭の中はたぶん想像以上に忙しい。

潮を見る。

風を見る。

マキエを見る。

魚を見る。

ウキを見る。

道糸を見る。

そして、水面から見えなくなった仕掛けと魚の位置を頭の中で想像する。

投げる。

見る。

考える。

変える。

また投げる。

僕がフカセ釣りを面白いと思う理由の一つは、

ウキが沈むまで待つ釣りではなく、ずっと考え続ける釣りだからだ。

目次

釣り座を決める前から、もう釣りは始まっている

磯に上がったからといって、僕はいきなり仕掛けを作るわけではない。

まず見る。

特に気にするのは、

潮の流れと風の向き。

そしてマキエを何発か入れてみる。

すると、エサ取りを含めて見えている魚が動き始める。

どこから出てくるのか。

どこまでマキエを追ってくるのか。

どの辺に魚がいるのか。

その動きを見る。

潮と風。

そして魚。

それらを見てから、

「今日はまずここからやってみよう」

と最初の釣り座を決める。

そこからようやく仕掛けを組み始める。

つまり僕の場合、一投目を投げる前どころか、

仕掛けを作る前から、その日の釣りは始まっている。

基本の仕掛けは、意外と変えない

僕の基本スタイルは、いわゆる0号のウキを使ったガン玉なしの仕掛け。

ただし、ウキ止めはしっかり付ける。

ウキ止めを付けずに仕掛けをどんどん沈めていく、いわゆるスルスル釣りが基本というわけではない。

ハリスはまず2ヒロくらいから。

1ヒロは両手を広げたくらいの長さなので、2ヒロならだいたい3m前後。

そこから状況によって調整するけれど、僕の場合はハリスを長くするより、

短くしていくことの方が多い。

もちろん、風や潮によって使うウキや浮力は変える。

でも基本になる考え方は、昔からそれほど変わっていない。

そして魚からの反応がないからといって、

すぐにハリスを細くしたり、

針を小さくしたりすることもほとんどない。

僕の場合、まず疑うところは別にある。

釣れなければ、まず「入れる場所」を変える

アタリがない。

そんな時にまず変えるのは、

仕掛けの投入点と、マキエの合わせ方。

もちろん、その日の状況によって何が正解かは違う。

でも僕の場合、

「食わんからハリス細くしよう」

「もっと小さい針にしよう」

とはあまりならない。

その前に、

そもそもサシエが魚のいるところに入っているのか?

を考える。

マキエを魚が食っている。

なのに自分のサシエには食わない。

だったら魚が賢すぎてハリスを見切っている可能性もあるかもしれない。

でもその前に、

単純にマキエとサシエが合ってないだけちゃう?

と考える。

特に尾長を狙う時、この「マキエとサシエを合わせる」という感覚をかなり大事にしている。

同じ場所に投げても、マキエとサシエは同じ場所には行かない

フカセ釣りではよく、

「マキエとサシエを同調させる」

と言う。

針に付けたオキアミを、撒いたマキエの中に入れて魚に食わせる。

言葉だけなら簡単に聞こえる。

でも実際の海の中では、そんなに単純じゃない。

マキエとして撒いたオキアミや配合エサは、それぞれ海の中を沈んでいく。

一方、針に付けたサシエには仕掛けが付いている。

針がある。

ハリスがある。

その先にはウキがあり、さらに道糸がある。

当然、抵抗が違う。

だから、

マキエとサシエを同じ場所へ投げたからといって、水中でもずっと一緒にいるわけではない。

潮の流れ方。

沈む速度。

仕掛けに掛かる抵抗。

風による道糸への影響。

色々な要素で、少しずつズレていく。

だから僕は、見えるところまでマキエとサシエの動きをかなり見る。

見えなくなった先は、頭の中で見る

当然、海の中すべてが見えるわけではない。

サシエも沈んでいけば見えなくなる。

マキエも同じ。

でも、

見えなくなったから、分からない。

では釣りにならない。

見えていた時の動きから、その先を想像する。

マキエはこの潮に乗って、このくらいの速度で沈んでいる。

サシエは仕掛けの抵抗があるから、マキエとは少し違う動きをしているはず。

だったら今、

サシエはこの辺にあるはず。

そうやって、見えない海の中を頭の中で作っていく。

そして、

「これならマキエの中にサシエが入っているはず」

と思えるところへ持っていく。

特に尾長を狙う時は、

常にマキエの中にサシエがあることを意識している。

これが僕の中ではかなり重要になる。

見ているのは、狙っている魚だけじゃない

僕は基本的に、サイトフィッシングが好きだ。

魚が見えている釣り。

これが面白い。

釣れていなくても、

「おるやん!」

と分かるだけで一気にやる気が出る。

むしろ安心する。笑

ただ、見ているのは狙っているグレだけではない。

エサ取りがどこまで出てくるのか。

イスズミがどう動いているのか。

グレがどこからマキエを食いに来るのか。

魚全体の動きを見る。

さらに、

配合エサに入っている粒を食っているのか。

オキアミに反応しているのか。

僕がよく使うV9のような配合エサなら、

「今日はV9の粒をよく拾ってるな」

みたいなところまで見る。

一匹の魚だけを追いかけているというより、

その場にいる魚全体の動きから、今の海の状態を見ている感じに近い。

デカい尾長は、突然現れる

特に面白いのが、大型の尾長。

デカい尾長が最初からずっと水面近くをウロウロしているとは限らない。

むしろ、

見えていなかったところから突然、

水面近くのマキエへぶっ込んでくる。

これがある。

だから、尾長そのものが見えていない時でも、他の魚の動きを見る。

今日は全体的に活性が高いのか。

エサ取りはどこまで出ているのか。

グレはどの層まで浮いてくるのか。

何を食っているのか。

そんなことを見ながら、

「出てこんかなー」

と思っている。

そして、いきなりデカい尾長が見えた瞬間。

一気にスイッチが入る。

釣れなくても、そこにいると分かっただけで楽しい。

最初のうちは。

……そのうち食わせられなくて、普通にイライラしてくるけど。笑

一投から、無意識に情報を拾っている

仕掛けを投げた後も、ただウキだけを見ているわけではない。

ウキがどう流れるか。

道糸がどう張っているか。

風にどう取られているか。

仕掛けを回収した時にサシエが残っているか。

取られているなら、どの辺で取られた可能性が高いのか。

そして、

「今サシエはこの辺におるやろな」

と思っているタイミングで、ウキや道糸に何か違和感が出ないか。

こういう情報を一投ごとに拾っている。

「今から情報収集しよう」

なんて考えているわけではない。

長年やっているから、たぶんほとんど無意識だ。

でも考えてみると、

釣れなかった一投からも、かなり色々なものを見ている。

そして、その情報を次の一投に使う。

「違和感」も立派な情報になる

魚からのアタリは、毎回きれいにウキが消し込むとは限らない。

「今この辺にサシエがあるはず」

と思っている。

その時に、

ウキの動きが何となく変わる。

道糸の張り方がおかしい。

流れ方に少し違和感がある。

言葉にすると曖昧だけど、

「ん?」

と思う瞬間がある。

これも情報になる。

フカセ釣りを長くやっていると、こういう数字にしにくい感覚が増えてくる。

何秒後。

何m先。

そんなふうに毎回計算しているわけではない。

でも頭の中では、

「たぶん今、仕掛けはこうなってる」

というイメージがある。

そのイメージと実際のウキや道糸の動きがズレた時、

何かが起きている可能性がある。

読み通りに釣れた時が、一番気持ちいい

僕は、

「この時の、この一匹!」

という魚を細かく覚えているタイプではない。

もちろん大きな魚や印象的な魚は覚えている。

でも、

「考えて釣った最高の一匹は?」

と聞かれても、一匹だけ選ぶのは難しい。

それより覚えているのは、

読みがバシッとハマった時の感覚。

潮を見る。

魚を見る。

マキエを見る。

「たぶん今こうなってる」

と考える。

投入点を変える。

マキエを入れる位置やタイミングを変える。

そして、

「ここで食うはず」

と思ったところで食わせる。

これが決まった時は、

めちゃくちゃ気持ちいい。

偶然釣れた一匹とは、満足感が全然違う。

自分の頭の中に作った海と、

実際の海が一致した感じ。

僕がフカセ釣りを何十年やっても飽きない理由の一つは、たぶんここにある。

もちろん、何をやっても分からない日もある

ここまで書くと、

毎回海を完璧に読んで魚を釣っているように見えるかもしれない。

当然、そんなわけはない。

何をやっても分からない日は普通にある。

潮を見ても分からない。

投入点を変えてもダメ。

マキエの入れ方を変えてもダメ。

魚も見えない。

アタリもない。

そして一日終わる。

こういう日に、

「今日は釣れなかったけど、たくさん学べました」

なんて爽やかな気持ちで帰るのか。

僕はそんなことない。

普通におもんない。笑

何をやっても分からなかったから、釣れなかった。

釣れなかったストレス。

「なんでやったんやろ」というモヤモヤ。

だいたいそれを持って帰る。

釣りなんだから、釣れた方が面白いに決まっている。

正解が一つじゃないから、ずっと面白い

フカセ釣りには、セオリーはある。

経験を積めば、ある程度のパターンも分かるようになる。

でも、

「これをやれば絶対釣れる」

という正解はない。

同じ磯でも、昨日と今日で潮が違う。

風も違う。

水温も違う。

魚の活性も違う。

同じ日に同じ磯へ二人で上がっても、仕掛けも考え方も違う。

それでも両方釣れることもある。

逆に何をやっても釣れないこともある。

だから、

見る。

考える。

試す。

また見る。

そして修正する。

これを一日中繰り返す。

僕にとってフカセ釣りは、

魚が掛かるまで待つ釣りではない。

むしろ魚が掛かるまで、

ずっと海と答え合わせをしているような釣りだ。

その答えがバシッと合った時、

ウキが沈む。

道糸が走る。

竿に重さが乗る。

あの瞬間があるから、

何十年やっていても、

また磯へ行きたくなる。

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