「こうしてください」だけじゃ、気持ち悪い。

「こうしてください」

そう言われれば、とりあえずその通りにはやる。

別に最初から、

「なんでですか?」

と食ってかかるタイプではない。笑

特に自分が全く知らない分野なら、

「何か理由があるんやろな」

と思って、まずは言われた通りにやってみる。

でも、頭の中ではたぶんずっと考えている。

なんでこうするんやろ?

こっちの方が良くない?

これを変えたらどうなる?

言われた通りにやって結果が出たとしても、

理由が分からないままだと、なんとなく気持ち悪い。

僕は昔から、

「こうしてください」だけでは、なかなか終われない。

目次

とりあえず、言われた通りにはやってみる

これは意外に思われるかもしれないけど、

僕は知らないことを教えてもらった時、

まずは言われた通りにやってみることが多い。

特に今の仕事ではそうだ。

僕は今、建設業界で仕事をしている。

でもこの業界に入ったのは比較的最近で、

まだまだ知らないことが山ほどある。

現場では、

「これはこうする」

「昔からこのやり方」

「ここではこう決まってる」

みたいなことも当然ある。

そんな時、

いきなり、

「いや、こっちの方が効率いいでしょ」

とは言わないようにしている。

僕が知らないだけで、

そこには何か理由があるかもしれないからだ。

安全上の理由かもしれない。

次の工程との兼ね合いかもしれない。

法律やルールが関係しているかもしれない。

過去に色々試した結果、

今のやり方に落ち着いたのかもしれない。

だから、

まず自分でもそのやり方でやってみる。

これは昔から結構意識している。

「昔からこうしてる」は、必ずしも悪くない

仕事をしていると、

昔から続いているやり方が非効率に見えることがある。

「これ、こうした方が早いやろ」

と思うこともある。

実際、

自分が考えた方法の方が効率だけを見れば良いこともある。

でも、

理由を調べたり、

実際に今までの方法でやってみたりすると、

「ああ、なるほど」

となることも結構ある。

自分の方法の方が、この作業だけを見れば早い。

でも全体のバランスを考えると、

今までのやり方の方が都合がいい。

そんなことは普通にある。

具体的に、

「あの時のあれ!」

というエピソードがすぐ出てくるわけではないけど、

こういう経験は何度もしてきた。

だから僕は、

「昔からこうしている=古い、非効率」

とは思っていない。

ただ、

なぜ昔からそうしているのかは知りたい。

理由が分かった上で、

「やっぱりこの方法がいい」

となるなら納得できる。

「なんで?」は、否定したいから聞いているわけじゃない

たぶんここは結構大事だと思う。

僕が、

「なんでこうするんですか?」

と聞く時、

別に相手のやり方を否定したいわけではない。

むしろ逆で、

理解したい。

理由を知りたい。

自分の中に落とし込みたい。

だから、

気軽に質問できる相手なら、

僕はめちゃくちゃ聞く。笑

「なんで?」

「これは?」

「じゃあ、こうしたらどうなる?」

「この場合は?」

質問する側としては、

ただ知りたいだけ。

でも相手によっては、

「俺のやり方に文句あるんか?」

と受け取られることもある。

だから状況によっては、

一旦、

「あ、そうなんですね」

と受け入れることも増えた。

そして自分でやってみる。

後から調べる。

聞けるタイミングで聞く。

昔よりは、

その辺のバランスも考えるようになった気がする。

理由が分かると、頭の中にスッと落ちてくる

じゃあ、

なぜそこまで理由を知りたいのか。

知識を増やしたいから?

物知りになりたいから?

もちろん、

知ること自体が好きというのもあると思う。

でも一番近いのは、

自分の中にスッと落ちてくるから。

例えば、

「この場合はAにしてください」

とだけ教えてもらったとする。

僕はAにできる。

次も同じ状況ならAにする。

でも、

少し条件が変わったらどうする?

分からない。

教えてもらったのは、

「Aにする」

という答えだけだからだ。

ところが、

「この条件だと、こういうことが起きる。だからAにする」

まで理解できていたら話が変わる。

条件が変わった時、

「今回はここが違うから、Bの方がいいんちゃうか?」

と自分で考えられる。

僕にとって、

理由を理解する一番大きな意味はここにある。

理屈が分かれば、主導権がこっちに来る

僕の感覚では、

理由や理屈が分かれば、そこからどう料理するかはこっちの自由になる。

これが大きい。

手順だけ覚えている状態では、

その手順から外れた瞬間に分からなくなる。

でも、

仕組みを理解していれば応用できる。

条件が変わっても考えられる。

「今回はこうした方がいい」

と自分で判断できる。

つまり、

自分で考えるための材料が手に入る。

僕はたぶん、

その状態になりたいんだと思う。

だから答えだけ渡されると、

どこか気持ち悪い。

答えの裏側にある、

「なぜそうなるのか」

まで知りたくなる。

教える時も、理由まで説明したい

これは自分が誰かに教える側になった時も同じだ。

僕は昔から、

できるだけ理由まで説明するようにしている。

「ここはこうして」

だけでは終わらせたくない。

「こういう理由があるから、ここはこうする」

まで伝えたい。

もちろん毎回完璧に説明できているとは思わない。

相手によって、

どこまで説明するかも変わる。

でも基本的な考え方は同じだ。

なぜなら、

手順だけ教えたら、

その人は次も同じ手順しかできないから。

教えた相手には、自分で考えられるようになってほしい

僕が人に何かを教える時、

最終的には、

自分で考えて、もっとできるようになってほしい

と思っている。

ずっと、

「次どうしたらいいですか?」

と聞いてほしいわけではない。

最初は当然聞けばいい。

分からないんだから当たり前だ。

でも、

理由まで理解していれば、

似たような状況になった時に、

「前はこういう理由でこうした。じゃあ今回はこうじゃないか?」

と考えられる。

そこまで行けば、

教えた側が思いつかなかった方法を、

教わった側が思いつくことだってある。

僕はその方がいい。

自分と全く同じことができる人を作りたいわけじゃない。

考え方を理解した上で、

自分なりにもっと上手くやってくれればいい。

上手い人と、教えるのが上手い人は別

これは仕事でも趣味でも感じる。

めちゃくちゃ上手い。

でも、

教えるのはめちゃくちゃ下手。

そういう人は普通にいる。

特に、

感覚や本能でできてしまうタイプ。

本人の中では、

「見たら分かる」

「やったら分かる」

「ここでこうするだけ」

なのかもしれない。

でも、

初めてやる人には分からない。

本人自身が、

なぜ自分がそうしているのかを言葉にできていない

こともある。

逆に、

本人の技術だけなら一番ではなくても、

理屈を理解して、

相手に合わせて言葉にできる人は教えるのが上手い。

僕自身、

感覚で覚える部分がないわけではない。

でもできるだけ、

「なぜ自分はこうしているんだろう」

を考えるようにはしている。

人に教える時にも役立つし、

自分自身の理解も深くなるからだ。

「泡で洗う」だけでも、なんで?となる

これは仕事だけの話ではない。

日常生活でも同じ。

例えば洗車。

「泡で優しく洗いましょう」

と言われる。

普通なら、

「そうなんや。泡で洗えばええんやな」

で終わる話かもしれない。

でも僕は、

「そもそも、なんで泡なん?」

となる。笑

泡そのものが汚れを落としているのか。

洗剤をその場に留めるためなのか。

摩擦を減らすためなのか。

液体のまま使うのと何が違うのか。

理由が分かると、

ただ、

「泡をいっぱい作ればいい」

ではなくなる。

何のための泡なのかが分かれば、

洗い方も自分で考えられる。

こういう小さな疑問が、

僕は結構気になる。

AIは、この性格とめちゃくちゃ相性がいい

そして最近、

この性格とめちゃくちゃ相性がいいものが現れた。

AIだ。

僕がChatGPTをかなり使うようになった理由の一つは、

間違いなくこれだと思う。

人に何かを聞く時って、

多少は気を使う。

一回教えてもらったのに、

「すみません、もう一回いいですか?」

と聞く。

さらに、

「なんでですか?」

と聞く。

その答えに、

「じゃあこれは?」

と聞く。

さらに、

「待ってください。それだとさっきの話と矛盾しません?」

と聞く。

そのあと、

「そもそも、その言葉の意味が分かりません」

まで戻る。

これを延々やったら、

相手によっては普通に鬱陶しいと思う。笑

分かるまで何回聞いてもいい

AIなら、

そんなことを全く気にする必要がない。

何回聞いてもいい。

変な聞き方でもいい。

途中で話を戻してもいい。

めちゃくちゃ基本的なことを聞いてもいい。

「もっと簡単に説明して」

でもいい。

「いや、まだ分からん」

でもいい。

「それ本当に合ってる?」

でもいい。

理解できるまで、

遠慮なく掘れる。

これは僕にとってかなり大きい。

もちろんAIは間違える。

実際、

「いや、それちゃうやろ」

となることも普通にある。

だから全部をそのまま信じるわけではない。

でも、

疑問を掘るための相手としては、

ものすごく使いやすい。

答えが欲しいんじゃなくて、分かりたい

考えてみれば、

僕が欲しいのは、

単純な「正解」だけではないのかもしれない。

もちろん、

答えだけ分かれば十分なこともある。

何でもかんでも仕組みから理解しないと生きていけないわけではない。笑

でも、

自分が興味を持ったこと。

これから自分で使うもの。

仕事で判断しないといけないもの。

そういうことは、

できれば理由まで知りたい。

答えを覚えたいんじゃなくて、分かりたい。

そして、

分かった後は自分で考えたい。

「こうしてください」の、その先へ

「こうしてください」

と言われたら、

まずやってみる。

それで問題なくできるなら、

一旦それでいい。

でも僕の頭の中では、

たぶん次の疑問が始まっている。

なんで?

理由を知る。

仕組みを知る。

自分の中にスッと落ちてくる。

そこまで来れば、

次からは自分で考えられる。

条件が変わったら、

自分でやり方を変えられる。

もっと良い方法を思いつくかもしれない。

逆に、

今までの方法が一番良かったと気付くこともある。

どちらでもいい。

大事なのは、

自分で判断できること。

だから僕は、

「こうしてください」

だけでは、

やっぱり少し気持ち悪い。

その先にある、

「なんで?」

まで分かった時、

ようやく自分のものになった気がする。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次